八女市9月に開催されます「あかりとちゃっぽんぽん」のまつりをご紹介します。公式サイトです。ぜひ9月八女福島へ、まつりに遊びにお越しいただければ幸いです。

燈籠人形稽古取材に行ってきました!

燈籠人形

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燈籠人形取材に行ってきました!

9月6日雨の夜。八女福島八幡宮にある燈籠人形の舞台で、稽古をされているところを突撃取材に行ってきました。いよいよまつりが近づいてきたんじゃないか?そう感じました。

はじめに八女福島の燈籠人形その歴史を紐解いておきましょうか?

八女福島の燈籠人形その歴史。ときは天下泰平の世の中江戸時代。

まず八女福島は1601年に福島城を大修復し、城下町の形態となりました。それからわずか20年。八女福島城は廃城となりまして、八女福島にいらっしゃいました武士は皆、久留米の有馬藩にうつり、商人の街となりました。また当時は交通の要所として、八女は栄え、その商人の方々が新たな工業産業を生み出し、広く栄華を極めるのでした。

そんな最中、1661年に旧福島城下町民の氏神として、現在の場所に八幡宮を勧請します。そこから福島八幡宮の放生会がはじまります。

それからまた時は流れ、1744年。燈籠を放生会に奉納するようになりました。

放生会です。放生会。

ご存知ですか?放生会。筥崎宮では放生会。漢字で書くと一緒ですね。前者がほうじょうえ。後者がほうじょうや。殺生を戒める儀式です。そこでの奉納なのです。今なお。

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人形が動き出したよ。放生会。

と、当時の方々が思われたのか?それは存じ上げませぬが。1772年。松延甚左衛門さんが、大阪から戻られまして、当時ですと、大坂ですね。大坂なおみの大坂です。からくりの技術を伝えることとなったそうです。そこから当番町制による上演様式が確立されました。それから大倹令などで、中断の命令が下るも、藩命に従わず、燈籠人形を奉納した記録もあるそうです。

八女福島のソウルなんだと思います。燈籠人形。

知らんもんが適当なことを言うてんじゃない。そう思われることもあるでしょう。まあ事実ですから。ただ、やっぱり生きてんじゃないかな。燈籠人形に懸ける想い。そのあたり直接目の当たりにして楽しんでください。

八女,燈籠人形,福島八幡宮,まつり,福岡 男が汗を流し、動かすは女性の艶美なしぐさ。

指が動くんです。そこまで動かしますかね?そういう技術の高さを誇ることも従来意味があったのかもしれません。今なお、細部にこだわるそのしぐさ。艶美な人形は我々を魅了するでしょう。

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八女提灯で照らされし夢舞台。共演するは三味線にお囃子に。

1977年重要無形民俗文化財(第81号)として国が指定しました。それからすでに40年。はじまってからは、はや260年を超える時を経ています。八女の秋が間もなく訪れます!

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