八女市9月に開催されます「あかりとちゃっぽんぽん」のまつりをご紹介します。公式サイトです。ぜひ9月八女福島へ、まつりに遊びにお越しいただければ幸いです。

町屋まつりプロジェクトチーム代表 江口秀幸さん

まつりびと紹介

昔、八女福島の白壁通りは八女郡の中心部で、筑後市や熊本県山鹿あたりからも買い物に来ていたほどです。町屋まつりでは、様々な町屋の中に入れますよ。

町屋まつりプロジェクトチーム代表 江口秀幸さん

以前は郵便局に勤務していて、退職して7年目になります。友達に誘われ、商工会議所の青年部の前身である八女研営会に20代で入りました。研営会は商工業経営者や後継者の集まりで、八女を盛り上げるためのボランティアと勉強会を行っていました。当時は勉強会が主でしたが、20代のころからずっと何かしら地域との関わりを持っていました。

1993年6月には、この研営会と後に立ち上がる商工会議所青年部のOBが集まり、「八女・本町を愛する会」が結成されます。そこで行われるようになったのが、町屋まつり。当初は6月に開催しましたが、八女の一大イベントである八女福島の燈籠人形を盛り上げようと、9月の同じ時期に行うようになりました。私が幼稚園の頃、燈籠人形は保存会ではなく福島町内の11町内会が7つのグループに分かれ、公演を行っていました。私も幼稚園児の頃に後見役(舞台の見張り役)として、舞台に座った経験もあるんですよ。その頃は、福島八幡宮の境内に小さなサーカスやお化け屋敷など見世物小屋も出ていましたね。

生まれは京町で、小学校1年までは堺屋の裏あたりに住んでいました。その後はずっと土橋です。昔は、この八女福島の白壁通りは、もっと栄えていて、ほとんどの町家が商店でした。仏壇、提灯、和紙、お茶、砂糖、酒屋、店、呉服屋、八百屋、魚屋、肉屋さんと日常的なものは大半が手に入ったんですよ。京町や土橋には映画館もありました。言ってみれば、八女郡の中心部で、筑後市、熊本県の山鹿あたりからもここに買い物に来ていたほどです。今は、当時に比べると、静かな雰囲気が漂っています。今のようにこの町並みを大切に保存するようになった大きなきっかけは、平成3年に来た大きな台風です。この台風により白壁が壊れ、瓦が壊れた町屋が多くありました。これではいかんと、平成14年に重要伝統的建造物群保存地区となり、この町並みを守ろうという意識が強まりました。

地元が栄えないと自分たちの仕事も繁栄しませんから、青年部や「本町筋を愛する会」ではいろんなことに挑戦し、私は役員や事務局もさせていただきました。4年前からは、「町屋まつり」の代表となりました。あかりとちゃっぽんぽん内で行われる町屋まつりは、様々なイベントを行いますので、町家の中に入れるいい機会です。イベント内容などを書いた詳しいチラシは、祭りの当日に配布を行います。このイベントの内容を詰めて、マップを制作するのは大変な作業なんですが、この町並みを盛り上げようという使命感でやっています。当日は、交通規制が行われるところに立っているガードマンさんや八女学院や福島高校の学生ボランティアなどに配っていただく予定です。

この祭りをきっかけに、八女の良さをみなさんに知ってもらいたいですね。不思議とここに住んでいると、八女の良さがわからないんです。学生時代に東京へ行き、戻って来て、八女の良さを知るきっかけとなったのは、新聞記者さんと一緒に行った町並みウオッチングでした。地元にこんなにも古い建物が残っているなんて感激でした。そうそう、今でこそ白壁になっていますが、戦争中には攻撃されにくいようにカモフラージュのために黒く塗っていた時代もあるそうです。驚きですね。

今後は、若い人たちの力に大いに期待をしております。商工会議所青年部や青年会議所など若い人たちが八女の良さを知って伝えていってもらえれば。じっとしていても何も起こりません。汗を流して知恵出していかないと。若い人の新しい発想や感覚が出て来たからこそ、今回、新たな八女のまつりがスタートします。町屋まつりの屋は、家ではなく屋。家は個々、屋はつながるつらなる面のイメージがあります。まつりは、面でとらえて行ってこそ盛り上がると思っています。