名古屋に住み、福岡でもマンションに住み、隣人の顔も名前も知らない。知ろうとも思わないし、余計な関係性とさえも思うこともある。縁も感じないし、当然そこに絆など存在しない。求めもしないし、期待もしないし、今ある日常に不要な関係性と思っているのかもしれない。

今年の2月、此処八女市に恵比寿酒店をつくった。

築130年の古民家。この冬、家屋にいて指先が悴んだ。寒い冬、店を暖めたのはだるまストーブ。その動力は灯油。この夏、汗をかき続けた。天井が高く、無駄に広い家屋。クーラーでそうそう快適な環境は築けない。打ち水をした。裏庭には雑草がすくすくと。青空駐車場にも若草がぐんぐんと。何十年ぶりだろう。草刈りをした。あの日、あのとおりでは日常だったこと。今まさに体感をしている。そして、あの日と同じように。その通りに面する方々と挨拶は無論、会話が存在する。縁がある。絆と呼んでも構わない自分がいる。

八女福島は、徳川家康のもと幕藩体制を敷かれ、一国一城令の発布により、武士はいなくなり、商人と職人の街として発展してきた。交通の要所としても。商人文化としても、またその益で育まれた職人文化も魅力のひとつである。

そして、今。此の地に訪れる、此の地で勝負する起業家が増えている。筆者もその一人であろう。でもなぜ八女なのか?正直その回答は分かっていない。ただこの白壁通りが見てきた歴史が潰えてはいけないのじゃないか?というゆるい義務感だけはある。同時に甦るのは、ふるさとの町並みにあるあのとおり。今は誰も知らない他人である。その贖罪が八女で償えられたら。そんな気持ちなのかもしれない。冒頭のシーンはセピア色で思い出される。楽しい思い出でもなく、感慨深い思い出でもなく、ただ日常として存在していた記憶の中のあのとおり。あのとおりが失った縁を八女福島の白壁通りに今、描いているのかもしれない。

八女が歩んだ歴史。その歴史に歩調を合わせ、新たな一歩を踏み出していく。そういう意気込み溢れる人たちが増えている。また其の地を守る伝統ある企業がたくさんある。お茶であったり、お酒であったり、仏壇であったり、提灯であったり。そういうエネルギーが溢れる街であるからこそ、燈籠人形も動き出し、且つ今なお動いている。街人のエネルギーが原動力だ。

古くから続いたものを守り続けることの意義。通りの住人という感覚が希薄な都会では、淘汰されていくものなのであろう。燈籠人形を守る、まつりをより良いものとするために、土日を削る。仕事終わりに集まる。そんな思いで動いている人たちがいる。なんのために?そこまでするのか?

未来永劫、八女福島の町並みが輝きつづけるために。あかりとちゃっぽんぽん。照らされているのは、人形であったり、出しものであったり、催し物であったり。ただホントに照らしているものは、まつりに関わる人々の心内なのかもしれない。まつりを介して垣間見える其の地の人々の胸の内。見つめて、見惚れて欲しいものだ。

文:橋口洋和